鎭子さんと『暮しの手帖』の軌跡をモチーフにしたNHK朝の連ドラ「とと姉ちゃん」。7月に入って雑誌作りがスタート。会社の設立メンバーも揃い、物語が新たに動き始めました。銀座や麻布にあった編集部はどのように再現されるのか? 商品テストは? 花森さんを演じる唐沢さんのヘアスタイルは? 気になることがやまもりですが、今回のこのコラムは再現しづらそうなエピソードから話が始まります。
昭和33年4月、鎭子さんはアメリカ国務省から「マスコミで活躍している人に今のアメリカを見てほしい」と招待を受け、初めての洋行に旅立ちます。ボストン、ニューヨーク、サンフランシスコ……4ヶ月かけて大陸を横断。注目していた雑誌の商品テスト室を見学したり、人気ファッション誌の撮影現場に飛び込みで立ち会ったり、女性たちの活躍に驚いたり、日本の暮しのよさを再発見したり。その経験は『暮しの手帖』のそれからに多大な影響をもたらします。たとえば鎭子さんが視察のあい間に買い集めたアメリカのふきんは、帰国後商品研究の俎上に載せられ、新しいふきんの誕生につながりました。
『暮しの手帖』ではその数年前から精力的に「キッチン研究」に取り組んでいました。台所を住まいの要と位置づけ、明るく使い勝手のよいスペースに変えていくさまざまな提案をしていくなか、花森さんが注目したのがどこの家にもあるふきんでした。たかがふきんかもしれないけれど、毎日使うふきんの品質がよくなれば、今の生活にあったふきんがあれば、台所が楽しく明るく変わるきっかけになる、と。
「新しいふきんをつくりたい」。そんな花森さんの思いに賛同した企業と2年がかりで共同開発して完成、発売したのが“日東紡のふきん”です。「丈夫でしなやか、水をよく吸ってケバがつかず、洋皿もらくにふける大判」。新しいふきんは反響を呼び、当時のベストセラー商品となります。しかしこのふきんがすごいのはそれからで、今に至るまで半世紀以上当時の規格のままでつくり続けられ、親から子へと使い続けられ、これまでの総売上はなんと1億枚を突破。昨年はグッドデザイン・ロングライフデザイン賞も受賞したのです。
私事ではありますが、いつか自分の台所が持てたら使いたいと思っていたのがこのふきんでした。就職して一人暮らしを始めたとき3色揃えてうれしかったことが忘れられません。以来ときどきは他を使ってみるけれど、手触りが忘れられずいつのまにかもとに戻っているのです。
今改めて”日東紡のふきん”を見ると花森さんの先見の明に驚かされます。サイズは今の一般的なリネンやコットンのキッチンクロスとほぼ同じだし、3色のふちどりは今ソーイング好きの女性たちが注目する“布のミミ”そのもの。意外に花森さんはかわいいもの好きでもあったのかもしれません。
(田中真理子 文)