季 節感よりもったいない
リング型にひかれるこのお菓子は、一見ドーナツのようですが、りんごを輪切りにして芯を抜き、衣をつけて揚げたもの。用意するのはりんご、小麦粉、塩、砂糖、植物油。あれば卵、レモンとバニラエッセンス。ベーキングパウダーもいりません。
「りんごの天ぷら」は昭和28年の『暮しの手帖・22号』に掲載されたレシピです。これを見て「簡単そう、家族に作ってあげたい」と実践した方は多かったのではないかと想像します。毎日の生活の中で健康に気を使ったり、季節感を大事にしようという思いは60年前も今もきっと同じに違いない、と。しかし読み進むとちょっと事情は違うのでした。使うのは「1個10円ぐらい、甘みがなかったり、水気が抜けたり氷ってすっかり味の落ちたりんご」とあります。もったいないの精神だったのです。
でも、先日近所の八百屋さんで小ぶりの紅玉・6個330円を見つけたとき、これなら鎭子さんも「いいわね!」と言ってくれそうな気がしました。「昭和のおやつレシピ」第3話は、旬のりんごを使い、ちょっと上等な「りんごの天ぷら」を再現してみようと思います。
拡大するとレシピが読めます。「りんごの天ぷら」にはフランス語で「Beignes de pommes(りんごのベニエ) 」と サブタイトルが添えられています。 |
作 り方はとてもシンプル
衣の材料はメリケン粉100匁(375g)、塩ひとつまみ、砂糖茶さじ2~3杯(12~18g)。これにあれば卵を1、2個と水を加えてこねます。天ぷらの衣との違いは、よくこね、こねて3時間ほどおくこと。「充分あしを出していい」と書いてあります。指示通りにするときめ細やかになりぐんと弾力も出て、おいしそうになりました。これに水を加えて少しゆるめて衣は完成。あとは輪切りにして芯を抜いたりんごをつぎつぎにくぐらせておいしそうな色になるまで揚げ、あついうちに砂糖をふりかければできあがりです! さあ、どんな味なのでしょう。
衣をつけたりんごを揚げ油に入れたら、リングの穴にお箸を指して数秒くるくる回します。穴がふさがりません。 |
自 然の甘さと歯ごたえ
想像どおり、揚げ衣に包まれ加熱されたりんごはジャムの役割をしていました。ほんのり自然の甘さと酸味、そしてしゃきっという歯ごたえが残っていて、これは大好きな感じです。しかもドーナツよりも軽いため、3つは平気で食べられます。記事には「あついうちにおいしく、さめてもおいしいお菓子」と書いてありますが、揚げた直後はりんごが熱いので要注意。またベーキングパウダーを入れないので、翌日は衣が固くなってしまいます。ほんのり熱が残っているときがおすすめの食べ頃です。
芯をくり抜くのが手間なので、櫛形に切ったりんごでも揚げてみました。でも楽しさは激減。穴には味が無いけれど、大事なだと知りました。 |
材料です。バニラエッセンスは第1話でプリンを作るときに購入。今後のおやつづくりにも活躍しそうです。 |
サ ト・ナガセさん
このレシピを紹介している「サト・ナガセ」さんは当時の『暮しの手帖』に「巴里ずまい」というタイトルのエッセイも寄稿しています。それによると、第1次世界大戦前、結婚を機にフランスに渡り、長くパリで暮らしていた女性です。今では想像するしかないのですが、鎭子さんがサトさんとどこかで出会い、パリの生活や食べ物の話を伺ううちにそれをぜひ記事に、と依頼したに違いありません。
エッセイの中でサトさんは、日本人のマナーのひどさや人がよすぎる買い物をばさりと指摘しています。威勢のいい方だったのだろうと思います。そのお人柄が影響してか、レシピのメリケン粉の量はりんご3個に対してはかなりの大盤振る舞い。約半量でも足ります。でも余ったらそれを「匙ですくってまあるい揚げ玉に」。フランスのお母さんたちがしょっちゅうつくる子供のおやつベニエだそうです。