彫 刻家・宮脇愛子さんのエッセイ
『暮しの手帖』の料理エッセイといえばすぐ思い浮かぶのは石井好子さん。『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』は探偵も大好きで、何度も読み返しているほどです。でも昭和の年代のバックナンバーには、石井さんだけでなく、そこここに食べ物をめぐるエッセイが見え隠れ。読むと、当時の気配はもちろんですが、それ以上に文章を書かれた方の魅力が伝わってきて、ぐいぐい引き込まれていきます。
彫刻家の宮脇愛子さん(昭和4年~平成26年)もそのおひとり。昭和30年代から40年代にかけ、ヨーロッパやアメリカで暮らした時などに体験した、おいしいエピソートをたくさん披露してくださっています。今回はその中から「そば粉で作るホットケーキ」をご紹介したいと思います。
「ほ い、ほい、ほい、」
昭和52年刊行・Ⅱ世紀49号に、モノクロ1ページ+カラー1ページの見開きで掲載されたこのエッセイ。宮脇さんが、ニューヨークに住む知人で、著名な建築家であるリチャード・マイヤーさんのアパートに招かれるところから始まり、マイヤーさんが母親直伝のホットケーキを作るシーンや、宮脇さんが焼き上がりを平らげる様子がライブ感たっぷりに描かれていて一気に読んでしまいました。例えばこんな感じです。
ホットケーキは直径7㎝ぐらい。それにバターとメイプルシロップをたっぷりかけていただくのですが、「『ほい、ほい、ほい、』とマイヤーさんはかけ声をかけながら、そのかわいいホットケーキをつぎつぎとのせてくれるのですが、あんまりおいしいので、なんだか無限に食べられる感じで困ってしまいました(中略)。マイヤーさんは一生懸命つくるだけでご自分は食べるひまがありません。とうとう最後に、小さな丸いホットケーキを焼くのにつかれてしまって、とても大きなホットケーキを、残りのそば粉ぜんぶでつくって、焼き、それをご自分でたべていました。でも、マイヤーさんは、『やっぱり母のいったとおりだ。大きいとおいしさが半減ですよ。第一たべすぎてしまう』といいながら。」
そのまま絵本にもなりそうな、どっちにしても食べ過ぎてしまうこのホットケーキ。エッセイの最後にレシピが載っています。再現せずにはいられません。
自 然のおいしさ
材料はそば粉、卵、ベーキングパウダー、塩、バターかマーガリン、そして牛乳。
作り方はむずかしくないのですが、そば粉だけでどんな味になるのか、ふんわりするのか不安でした。粉や卵を混ぜてできる種は、土壁のような色をしています。でも、結果的にいうと今回も成功しました!
確かに何枚でも食べられるのです。そば粉のみで砂糖も加えない生地はとてもあっさり。市販のホットケーキミックスに比べると多少ぱさっとしていますが、それだけにメイプルシロップが生きるし、たっぷりかけても罪悪感がありません。
このエッセイでは触れていませんが、宮脇さんは体があまり丈夫ではなく、食事に気を使っておいででした。「漂白した小麦粉やお砂糖などを使っていない」ホットケーキ、「長いあいだかかって、少しずつたまった貴重なメイプルシロップ」の甘味はしみたに違いありません。
『す てきなあなたに』にもエッセイを
生前宮脇さんは親しい方に「文章は花森さんに教わった」と話されていたそうです。また、昭和44年スタートの「すてきなあなたに」に「原稿やメモをいただいたり、なにかとお世話になった」方としてお名前が上がっています。探偵は、宮脇さんと花森さん、そして鎭子さんのやりとりを側で盗聴したかったと思います。
単行本となった『すてきなあなたに・第1巻』におさめられた「冬のデザート」は無記名ですが、その内容から宮脇さんが書いたエッセイと推測されます。フレッシュチーズを使った「雪のように白いデザート、フォンテンブロー・ア・ラ・クレエム」を綴った文章は、「そば粉のホットケーキ」同様、異国の文化の香りを漂わせつつ、見せびらかした感じはなく上品、レシピはシンプル。とても素敵です。今度はこちらにもチャレンジしてみたいと思います。
宮脇さんは『うつろひ』(美術出版社)・『はじめもなく終わりもないーある彫刻家の軌跡』(岩波書店)という本も遺されています。ご興味のある方はぜひ手に取ってみてください。